賀茂神社
賀茂神社

御津の歴史

播磨国風土記によると、息長帯日売命(おさながたらしひめのみこと)(神功皇后)の御船が停泊した港であるので「御津」と名づけられたとあります。 そんな伝説があちらこちらにあって、町を歩くとその伝説が本当のように思えるのも御津の魅力です。
古墳群のそばに梅林があったり、由緒正しい神社の中に「なんで?」のソテツ群があったり、歴史の奥は海よりも深い御津町なのです。

賀茂神社

祭神、賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)を祀る神社。
その歴史は古く平安時代へとさかのぼります。 1180年 平清盛が厳島詣での際にこの神社へ立ち寄り、海上祈願をした際、古びた5・6棟の社殿が立ち並んでいたと「高倉院厳島御幸記」に記されています。
港の突端に位置するこの神社には、ソテツの群生があり、日本最北端のソテツ群として県天然記念物に指定されています。

馬足の龍
[ 馬足の龍 ]
神社の表門は四脚門といい、龍の彫刻で有名です。
両側の上段にある龍の足に注目。足の部分が馬のひづめで、「馬足の龍」と呼ばれています。

浄運寺

浄運寺
浄土宗。法然上人の二十五霊場の1つ。
上人が讃岐へ渡る際、舟でこぎ出した友君という遊女が上人の説法を聞き、得度し念仏往生を遂げたと伝えられています。

見性寺

見性寺
室津の長の娘、室君が建立したといわれる五ケ精舎のうち現存する唯一のお寺です。
古来より文人墨客が室津に寄港すると必ず訪れたといわれています。

圓融寺

圓融寺
仁王門の金剛力士像は、萩の大木を行基が刻んだものといわれています。

皇子権現

皇子権現
地元では「ごんげんさん」として親しまれている皇子権現。病気や歯疾のご利益があります。

御津町の古墳

綾部山39号墳
[ 綾部山39号墳 ]
邪馬台国時代に作られた古墳で、画文帯神獣鏡が出土しています。
石を巧みに積んだ珍しい遺跡です。
権現山51号墳
[ 権現山51号墳 ]
5枚の三角縁神獣鏡と特殊埴輪の共伴した貴重な前方後方墳。
前期古墳の代表的な古墳です。
舟形石棺
[ 舟形石棺 ]
朝臣1号墳から出土した環状の把手を持つ舟形石棺で市指定の文化財。
阿蘇擬灰岩製で九州から運ばれてきたものです。
御津歴史資料館に展示されています。
[ 輿塚古墳 ]
揖保川水域(西播磨)で最大級の前方後円墳。
前方部分は失われていますが、県指定文化財になっています。
前方部があった場所に1/4スケールのレプリカを復元しています。
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